火野正平のこころ旅 ~人生、上り坂も下り坂も最高
今日のブログは婚活とは関係ない番外編の日々想う事の日記です。
こころ旅の火野正平さん
2024年11月14日、俳優の火野正平さんが亡くなった・・・
友人でもなんでもないのだがとても寂しい気持ちだ。火野正平ロスになってしまった😢
今までも芸能人や有名人の方が亡くなった時に悲しい気持ちになったことはあるけれど、
こんなに身近な人を失ったような寂しく切ない気持ちになったのは初めてかな~。
訃報を聞いてからネットで長い時間、火野正平さんの過去記事やYouTubeをたくさん見た、読んだ。
にっぽん縦断こころ旅
最近見ていたのがNHKの にっぽん縦断こころ旅 という、ほんわか旅番組だ。
火野正平 さんが命名したチャリオ(相棒の自転車)クンに乗って日本全国を走って、視聴者の手紙に書かれたエピソードをもとに、ひとりひとりの心に大切にしまってある「こころの風景」を訪ねる番組。NHKBSで朝15分と、夜にとうちゃこ(到着)版で30分流れていた番組。
火野さんが手紙を読んで雨の日も風の日も自転車に乗って手紙主の「心に残った風景」を訪れる自転車旅グルメ番組でもある。グルメと言ってもこの番組の場合はだいたい昔からある食堂や、小さな街の喫茶店みたいなところの定食が多かったからだいたい1000円前後の食事だったかな。火野さんも大御所なんだから、たまにはもっといいモノ食べさせてもいいのになと思いながらも、またそれが良かったのだろう。正平さんは基本的にオムライスやケチャップナポリタンが好きで、特にナポリタンにタバスコ掛けて「ムホッムホッ!」とむせるのがお約束になるくらいであった。そしてどんな料理でも「おいちい、おいちい」と言って美味しそうに食べるのも特徴的だった。
人生下り坂最高
2011年から2024年まで延べ14年も続いた、ちょい悪スケベオヤジの癒し番組で大好きでした!
坂道を上ると「老人虐待か~」とか言ってたけど、NHKに苦情があったのか途中で言わなくなったけど、そんな普通のタレントが言わないようなこともたまにポロっという事も好きだった。
最高の名言はチャリオで坂道を下るときに「人生下り坂最高~」ではないでしょうか?(これも途中からあまり言わなくなったような気がするけど、やっぱり一部の真面目過ぎる方々から苦情でもあったのかな?)
BS1で7時15分からあるNHKの朝ドラ再放送、そして7時30分から流れる最新の朝ドラ。
その流れで毎朝、BS朝ドラのつながりで見ていた楽しみの番組だった。
ついつい朝の身支度や食事の合間に「ながら」感覚で気楽に見ていた人も多かったと思う。
朝15分やって、夕方というか19時から30分の「とうちゃこ版」があってたんだよね。とうちゃこってのも火野さんが目的地に着いた時の決め台詞で「とーちゃこ!」って言ってたのが印象的だった。
NHKアーカイブス こころ旅 で結構な数(90本近く)の動画が今でも見れるようになっていた。
私のこの結婚相談所のブログでもだいぶ過去に以下のように書いた日記がある。
なぜならば、男性の皆さんには火野エキス(笑)というか、火野正平さんの「女性から好かれる魅力」というかコツみたいなものを学んでほしいという気持ちを込めて書いていた(笑)女性だけでなく男性からも好かれるキャラですけどね、火野さんは。
カーネーション 見て こころ旅 な朝を送っています。
「言葉」を掛ける前に「心」を掛けましょう
シャタケ山の出会い
どの回を見てもいろいろな意味で癒されたり、クスッと笑ったり、バカだねーって思ったりで、ほんわかとした気分で面白いのだけれど・・・
そのこころ旅の中でも、一番の名作ではないかと私が勝手に思っているのが以下の回です。
調べてみたら2014年の回だからはじめて2~3年目くらいの時なのか・・もう10年たつんだなー。
それは 北海道の射的山(シャタケ山)を訪れるエピソードの回です。
お手紙は 69歳の女性の シャタケ山 というタイトル のこころの風景でした。
そこを目指す途中で、偶然出会った小学3年生の女の子と火野正平(当時65歳かな~)との出会い。
こころ旅 358日目 シャタケ山の回
⇧2014年07月23日 (水)の回で、リンク先はこころ旅のその日のブログ&視聴者からコメントになります。
風のあしあと
これはもちろん全くの脚本なしだけど、TV眺めているうちにホロっときて涙した回だった。
今になって思うと、正平さんが若い女性を見て顔がほころんだり、ニコニコして見つめたり話しかけたり、思わず後をついて行ったりする場面はちょくちょくあるんだけど(笑)子供と絡むシーンは意外に少なかっただけにある意味、ホント貴重な回だったと思います!
私だけでなくこころ旅ファンの間でも神回と言われている回だと最近知りました。
動画とかは探したけどなかったのでネットで調べてその時の会話を再現してみました。
少女:「こんにちは! たまに見てます」☚正直な発言(笑)
火野:「しばくぞ(笑)たまにじゃないわ。毎日見てますって言いなさい」☚正平さん喜んでます
少女:「うん毎日見てるよ!」
火野:「おーよしよしよし、えらいなキミは(笑)」
少女:「ホントだよ♪」
このやり取りを経て、少女は正平さんにすっかり懐き、正平さんと一緒にシャタケ山に登ることになる。
シャタケ山への小高い丘を登る正平さんと少女。(写真)
見た目より険しい道だったようで、少女はきつそうに息を切らしていた。
カメラのアングルが下から二人をとらえると親子(孫かな)のようにも見える。
少女:「はぁー、結構疲れるー」途中で少女が根をあげました。
火野:「疲れた? おんぶしてだけは言うなよ(笑)おばあちゃんに甘えてばかりいるんやろ」
スタッフが休もうかというと、頑張ると云って足を止めず、そのまま頂上に着く。
頂上にたどり着いた二人はベンチに腰掛け休憩。しかし少女はまだ息を切らしている。
「ほら来た。こんな低いのに景色よか。あれは小学校だろう」
頷くだけの少女は 「ああ疲れた」 と返すのみ。
少女はまだ苦しいのか、鼻を大きく広げて息をしています。
二人はベンチに並んで座って景色を見ています。
火野:「よーいドンとか苦手か?かけっことか...」
少女:「かけっこは、しちゃダメなの...」
その一言で正平さんはピンときました。
火野:「あっ! (スタッフの方を向いて) なんかあるんだ?この子」
少女:「病気・・・」
火野:「病気だ。すまん、すまん!連れてきて。大丈夫か?それは知らなかった、ごめんごめん」
正平さんの慌てたような優しいうろたえようを見て、私もおっちょこちょいなところがあるので、ついわが身に置き換えて悪気はなくてもこういったことってあるよなーっと胸を打たれる。本当に「ごめん、ごめん」だったろうね。
それからしばらく眼下に広がる田園風景を見つめる二人のシーン。
風で田んぼの稲が揺れる光景に、少女がぽつんと語りだす。
少女:「風が吹いてるから、田んぼがなんか動いてる・・・」
火野:「田んぼ動いてんなあ...」
少女:「うん」
火野:「あれな、風の足あとって言うんだ」
少女:「風の足あと?」
火野:「うん、風がこう足あとつけて、動いてるみたいだろ?」
少女:「うん」
火野:「そういうふうに見えるだろ、なんとなく」
少女:「うん、なんとなく…」
しばし無言のまま、65歳と9歳の二人は稲田を眺める。
このシーンはそのまま、映画の一場面だったように思った。
丘を下りておばあちゃんが待つ駐車場に戻る時、火野が少女に「元気でな」と声をかける。
その後、少女が車に戻る際に元気よく飛び跳ねているような姿が見える。
番組の最後にその日の手紙を読み終えた火野正平がつぶやく。
「あの子の病気が治りますように・・・」
※この会話のやり取りはあちこちのネット情報を網羅して繋ぎ合わせましたので若干の間違いはあります<m(__)m>
このエピソードは私だけでなく、多くの視聴者にとって印象深く、2014年のベスト「こころ旅」に選ばれるほどの感動を呼んだようだ。あの田んぼを二人で見下ろす風景は 風の足あと というタイトルの映画の様なシーンでした。また再放送で流してくれないかなー・・・。
火野正平ロスが来るとは💦
2024年11月14日に火野正平さんが亡くなったというニュース速報を11月20日の昼に知った。
私にとっての毎朝のルーティンがなくなった!火野正平さんのこころ旅はもう見れない!
若い頃と違い、最近は出会いよりも別れの方が少しずつ増えてきている事もあり寂しい。
こころ旅、名場面だけでもいいから特集して、また特別番組ないかなー?
火野正平と聖人 ってタイトルいいね!
火野正平さんについて「火野正平と聖人」というタイトルで書いてある秀逸なコラムを見つけた。
女性の立場から書かれた面白いコラムだがとても読み応えがあります。(一部抜粋してます)
火野正平の自転車旅番組は老若男女に大人気らしい。しかし世の中には火野正平にアレルギーがある人もいるらしく、「そういう人以外は楽しめる番組だと思います」とネットのレビューに書いてあった。
その旅番組『にっぽん縦断 こころ旅』を見てみると、火野正平が旅の途中で出会ういろんな女性に話しかけるシーンが出てきた。
飲食店のおかみ(太ったオバチャン)に「食事と、お風呂も入るね。一緒に入ろう」と冗談を言う火野正平。キレイな若い女の子にはやたら話かける火野正平。その横でポツンとしてるおばあちゃんにも近づいていって「あなたもキレイだよ」と肩を抱いたりする火野正平。そんな数々の火野正平を見ていた私の目からは、涙があふれていた。
火野正平と聖人:田房永子(たぶさ えいこ)
以下の記事もよかった。火野正平さんの俳優人生が良くわかる。
1949年東京生まれの火野正平、本名・二瓶康一は12歳より子役の活動をスタートし、引っ越し先の関西で売れっ子となる。本名のまま『わんぱく砦』(66〜67年)の伴刀左衛門役でブレイク、続く『無敵!わんぱく』(68年)では主演に抜擢される。
のちに必殺シリーズのプロデューサーとなる朝日放送の仲川利久が両作とも監督を務めており、結婚の仲人を頼むなど「恩師」として慕っていた。子役として芸能界の浮き沈みを見てきた火野だが秘めたる気性は荒く、「ギャラを上げる」という約束を反故にされて製作会社の社長を追い回したこともある。筆者の取材にも「一歩違えば豊中のチンピラになってたかもしれへん」と語っており、人気低迷中は麻雀で暮らしを立てていたという。
やがて星野事務所に所属して上京、NHK大河ドラマ『国盗り物語』(73年)の木下藤吉郎役をきっかけに「火野正平」となる。名づけ親の作家・池波正太郎より「正」の字を授けられた。同作では近藤正臣が明智光秀を演じており、事務所の先輩である近藤に「役者は感性」だと学んで、再ブレイクを果たした。
昭和の匂いが残る近所のお洒落な兄貴的存在だった
ある意味、火野さんって昭和の古き良き時代、セクハラなんて言葉がない時代の生き方なんだけど、現代の人間関係でも通じる部分はたくさんある。古き時代の良い部分を残したまま、また親しい間柄では今でもそんな空気は多分にあるだろう。あまり規制し過ぎるのもどうかと思うけど仕方ないんだろうねー💦
火野正平の にっぽん縦断こころ旅 は私にとってとても良い番組だった。
俳優としての火野さんも魅力的で、脇役が多いが存在感のある渋く味のある役者だった。
最近の小栗さんとのウイスキーのCMとかもいい味出してましたよね!
くだらないギャグや少し危ない冗談、また女性への接し方はお見事でした。
何を食べても「美味しい美味しい」と大きくうなずきながら食べる、その食べ方が幸せそうで見ているだけでこちらも顔がほころんでしまう。あれじゃ、料理を作った女性もまた作りたくもなるのではないだろうか?そんなちょい悪の人たらしの近所の兄貴的存在!
万物からモテルっていいね!
女性と握手をすれば「妊娠するぞ」と昭和の雰囲気を醸し出すイケオジ。
若い女性を見れば「握手してください」とデレデレ顔で自分から歩み寄る。
蛇や虫や草花をすぐ見つける、牛や馬や猫や犬に歩みよればすぐに懐かれる男でもある。
おばあちゃん子だとか言ってたから、そこら辺もモテル秘訣かも知れないね!
若い頃の放蕩三昧は褒められたものではないが、女性から恨まれる事もない唯一無二の奇跡の男(笑)
女たらしというより、やはり人たらしなんだろう。女も男も惚れる。
老若男女問わず犬猫蛇虫動物、草花木植物問わず、こころ旅の中では万物から愛されていたようにも感じる。
ここで結婚相談所の運営者として最後に書いておくとしたら・・・・。
独身男性の方へは火野正平の生き方にヒントがあると伝えたい。
もちろん最高で11股の様な生き方は現代の日本ではダメだけど(笑)
「女性への接し方」としては最高の見本ではないかなと思う。
もちろん女性だけでなく、全ての人や生き物やモノそのものに対しての接し方が素晴らしいのだと私は思っています。
特に年を取ってからが素敵だったかな~^^
あの世でも機嫌よく過ごして下さい。ありがとうございました!
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